2012年4月17日火曜日

人事院勧告 - Wikipedia


人事院勧告(じんじいんかんこく)とは、人事院が、国会、内閣、関係大臣その他機関の長に行う、国家公務員の一般職職員の「給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告」(国家公務員法第3条第2項)の総称である。人勧とも略称される。

「人事院は、法律の定めるところに従い、給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告」(国家公務員法第3条第2項)をつかさどる。勧告は人事院の権限のうち、最も重要なものの一つであるとされる(浅井1970、p.115)[1]

ここで言う勧告とは行政機関が他の政府機関に参考意見を提出することである。勧告制度は人事院だけではなく、行政委員会、審議会等各種の行政機関に設けられている。勧告制度は勧告する機関とそれを受ける機関との間に、上級・下級の指揮命令関係がないことを前提とし、相手側への法的な拘束力はないが、勧告する期間の専門的地位と勧告の権威によって実際上、一定の影響力をもつ。とりわけ人事院勧告は一般に公務員の労働基本権制限の代償措置とみなされているため、影響力は強い(詳しくは#労働基本権制約の代償措置性を参照)。

人事院勧告の勧告先の機関には、国会、内閣、関係大臣その他の機関の長があるが、勧告の種類によってその規定は異なる。具体的には、その実現に法律の制定改廃を要する種類の勧告は国会や内閣に対して、行政措置で足りる勧告は関係大臣その他の機関の長のみに対して行うことが定められている。国会に対する勧告は、憲法に国会に対する内閣の責任制度(日本国憲法第66条第3項)を定めた日本においては、人事院の強い独立性とその勧告内容の重要性を意味する。現行制度において、国会に対する勧告権をもつ行政機関は人事院のみである。

「人事院勧告」という呼称は人事院が行う諸勧告の総称、通称であり、法律上の用語ではない。国家公務員法にて「勧告」の語を用いて規定された人事院の権限には大きく「人事行政改善の勧告」(第22条)と勤務条件の変更に関する勧告(第28条ほか)の2種類に大別でき、後者のうち給与、勤務時間等主要な事項については給与法、勤務時間法等の関連法に個別規定が設けられている。

この他にも、上の「勧告」(GHQの作成した国公法草案の英原文:recommendation)と性質が同一または類似する権限が、「意見の申出」(to submit opinions)、事案および(調査研究)成果の「提出」(submit its recommendation)といった形式で定められており、「人事院勧告」の範囲は一様ではない。本項ではこれら全体を扱うものとする。

元人事院総裁の浅井清は上の勧告制度の特質を踏まえ、いずれも、国会と内閣を勧告先に含むことから「勧告」と「意見の申出」、「提出」はその内容においては同じことであるとしている。ただし、「筆者の経験によると、意見の申出は、これを受け取るほうで、勧告ほど強く感じないように思われる」とも述べている(浅井1970)。

また、人事院勧告の中には、給与勧告(後述)のように「報告」と密接に結びついているものもある。

[編集] 分類

人事院勧告は(1)「人事行政改善の勧告」(第22条)、(2)「法令の制定改廃に関する意見の申出」(第23条)、(3)「給与、勤務時間その他勤務条件の変更に関する勧告」(第28条)の3種類に大別できる。

以下、国公法その他関連法に規定された人事院勧告を列挙する。

  • 人事行政改善の勧告」(国公法第22条第1項) - 人事行政の改善に関し関係大臣その他の機関の長に勧告することができる。ただし、この勧告をしたときは、その旨を内閣に報告しなければならない(同条第2項)。なお、国家公務員宿舎に関する事項はこの勧告と国公法第28条第1項に定める勧告に含まれる(国家公務員宿舎法第21条)。本条制定以来、この勧告がなされたことはない([2]p.75)。
  • 法令の制定改廃に関する意見の申出」(国公法第23条) - 法令の制定改廃に関し意見があるときは、その意見を国会及び内閣に同時に申し出る。最近の例では、給与勧告と同時の2010年8月10日、非常勤職員が育児休業を取得できるようにするために「国家公務員の育児休業等に関する法律の改正についての意見の申出」を行った。過去人事院が行った意見の申出は、そのほとんどが内容どおりに立法化されている([2]p.77)。
  • 勤務条件の変更に関する勧告(国公法第28条第1項) - 給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項を、国会により社会一般の情勢に適用するように(情勢適応の原則)、随時変更するよう勧告する。ここでいう「基礎事項」とは法律の制定改廃を要する事項であるため、1950年代後半まで人事院は、当該勧告と国公法第23条の「法令の制定改廃に関する意見の申出」を厳密に区別した上で、勧告後に改めて「意見の申出」を国会及び内閣に行っていた。現在は、単に当該勧告を国会と内閣に行うことで済ませている[2]。なお、国家公務員宿舎に関する事項はこの勧告と国公法第22条第1項に定める勧告に含まれる(宿舎法第21条)。
  • 給与勧告(国公法第28条第2項) - (詳しくは#給与勧告を参照)。給与改定勧告とも。給与水準・制度の適正化・改善について国会及び内閣に対して勧告する。国公法第28条に規定された勧告の具体的一形態である。職員の給与を調査研究し、それが適当であるかどうかを明らかにした「報告」とセットでなされる。「情勢適応の原則」により、国家公務員の給与水準を民間のそれに合わせること(民間準拠)を基本としている。給与法において、給与一般のより詳細な勧告規定がある。寒冷地手当については、寒冷地手当法にて2種類の勧告が特記されている。
    一般には単に人事院勧告と言う場合、給与勧告を指すことが多い。
  • 勤務時間、休日及び休暇に関する勧告(勤務時間法第2条第1項) - 勤務時間、休日及び休暇に関する制度の改定を国会および内閣に対して勧告する。人事院が上の制度について調査研究を行い、その結果を国会及び内閣に同時に報告、必要があればそれにあわせて勧告がなされる。給与と同様に民間準拠原則を採用しているほか、「行政サービスの維持」や「仕事と生活の調和」といった観点から決定される。直近の例では2008年8月11日の給与勧告と同時に、職員の勤務時間を1日7時間45分、1週38時間45分に引き下げる内容の「職員の勤務時間の改定に関する勧告」が行われた。
  • 行政措置要求の実行勧告(国公法第88条) - 行政措置の要求に対し、人事院が措置の必要性を認めた場合、内閣総理大臣又は請求者たる職員の所轄庁の長に対し、その実行を勧告しなければならない。
  • 補償制度の研究成果の「提出」(国公法第95条) - 補償制度の研究成果を国会及び内閣に提出しなければならない。規定どおり、人事院は研究成果を1951年2月17日に国家公務員災害補償法案として提出し、同法は第10回国会にて成立、同年7月1日に施行された。
  • 退職年金制度に関する「意見の申出」(国公法第108条) - 退職年金制度に関して調査研究を行い、必要な意見を国会及び内閣に申し出る。退職年金制度は現在、退職共済年金として財務省の所管する国家公務員共済組合が運用しているが、退職年金制度は人事労務管理上の重要な機能を有しており、人事行政の公正確保と職員の利益保護のために、人事院の意見の申出が認められている[3]。ただし、退職年金制度は第一義的には社会保障制度の一部であるため、改正の際に政府・内閣は人事院の意見の申出の有無にかかわらず、社会保障制度審議会に意見を求めなければならない。

[編集] 給与勧告

[編集] 法律上の規定

日本国憲法は内閣が「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」(第73条第4号)を定めている。これを受けて、国家公務員法は国家公務員の給与、勤務時間等の勤務条件は「国会により社会一般の情勢に適応するように、随時これを変更することができる」こと(第28条第1項、勤務条件法定主義、情勢適応の原則)を定めている。また、人事院はこの変更に関して勧告することを怠ってはならない(同条)。


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この「勤務条件法定主義」と「情勢適応の原則」を給与において実現させるため、「人事院は、毎年、すくなくとも一回、俸給表が適当であるかどうかについて国会及び内閣に同時に報告しなければならない。給与を決定する諸条件の変化により、俸給表に定める給与の100分の5以上増減する必要が生じたと認められるときは、人事院は、その報告にあわせて、国会及び内閣に適当な勧告をしなければならない」(国公法第28条第2項)。

この勧告は給与勧告(または給与改定勧告)と呼ばれ、毎年8月上旬になされるのが常例となっている。国家公務員給与は勤務条件の要であり、多方面への波及力ゆえ(詳しくは#日本の賃金決定機構における機能に後述)その変動は財政・経済にも大きく影響するので、人事院の勧告中最も重要視されている[4]。給与勧告が扱う事項は、情勢適応の原則による給与水準(ベース)の上下だけではなく、給与制度全般を含む。

国公法第28条第2項に対応して、給与法においても人事院が「職員の給与額を研究して、その適当と認める改定を国会及び内閣に同時に勧告すること」(第2条第3項)が定められている。

寒冷地手当については、「国家公務員の寒冷地手当に関する法律」(寒冷地手当法)が別個に2種類の勧告を規定している。一つは、第3条第2項に規定され、寒冷地手当の支給日、支給方法その他支給に関し必要な事項の定め[5]について総務大臣に対して行う勧告である。もう一つは、第4条に規定され、寒冷地手当について調査研究し、法改正が必要と認めるときに、国会及び内閣に同時に行う勧告である。第3条第2項の勧告は、総務大臣に対してのみ行う勧告であり、人事院は給与勧告とは区別して扱っている[6]。一方、第4条の勧告は給与勧告の一部として他の勧告事項と一緒に行われている。

[編集] 給与決定の要素

国公法は職員の給与[7]を決定する要素として、「生計費、民間における賃金その他人事院の決定する適当な事情」を挙げている(第64条第2項)。この規定により、人事院は毎年国民一般の標準的な生活費用(標準生計費)と民間賃金の調査を実施している。実際の給与勧告にあたっては、人事院が官民給与の比較を行い、両者の較差を算出し、職員の給与を民間給与にあわせること(民間準拠)を基本として、俸給表・手当の改定内容を決定する。

民間準拠原則を採用する理由について、人事院は「国家公務員も勤労者であり、勤務の対価として適正な給与を支給することが必要とされる中で、その給与は、民間企業とは異なり、市場原理による決定が困難であることから、その時々の経済・雇用情勢等を反映して労使交渉等によって決定される民間の給与に準拠して定めることが最も合理的であり、職員の理解と納得とともに広く国民の理解を得られる方法であると考えられることによる」と説明している[8]

なお、生計費は前出の国公法第64条の規定で給与決定の条件の一つに挙げられてはいるが、現在の勧告実務においては全体の給与水準を直接左右する要素としては扱われておらず、俸給表作成時に号俸の盛り付けの参考とされるにとどまっている。これは、生計費は民間給与の形成段階で既に織り込まれており、官民給与の比較をすれば同時に生計費への配慮を行ったことになるとする人事院の見解による(佐藤2009、pp.45-46)。

民間準拠のためには、民間事業所の従業員の給与と、国家公務員の給与の実態を把握する必要がある、民間給与については、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」や国税庁の「民間給与実態統計調査」など政府機関による様々な調査が行われているが、いずれも国家公務員給与と直接比較するための資料としては不十分である。そこで人事院は、官民給与比較に最適な独自の調査として「職種別民間給与実態調査」(通称「民調」)と「国家公務員給与等実態調査」を実施している。

「職種別民間給与実態調査」は、公務と類似する職種に従事する常雇従業員について個人別に4月分の月例給与等を調査する「従業員別調査」と、事業所別に給与改定や雇用調整等の状況、手当制度を調査する「事業所別調査」から成る。大規模な実地調査であるため、人事院が都道府県・政令市などの人事委員会と共同で行う。期間は例年、5月1日から50日間程度である。なお、特別給(賞与、ボーナス)は月例給とは別に「事業所別調査」で調査する。調査対象は企業規模50人以上で、かつ事業所規模50人以上の民間事業所であり、地域別に、産業、規模等により層化無作為抽出される。「従業員別調査」もその標本事業所の従業員が対象となる。

2009年の調査では、50232事業所を対象に、前述の基準で910層に層化し、うち11100事業所が無作為抽出された。「従業員別調査」の調査実人員は78職種に就く463712人であった。[9]

調査対象事業所を事業所規模50人以上とする理由は「これによって、公務と同種・同等の者同士による月例給比較が可能であり、精緻な実地調査による調査の精確性を維持できる範囲で、民間企業の従業員の給与を広く把握し反映させることができ、民間企業の常雇従業員の六割強をカバーできるということに基づく」(佐藤2009、p.44)と説明されている。

一方、国家公務員の給与は「国家公務員給与実態調査」を通して把握される。こちらは人事院が全職員を対象に毎年4月1日における給与実態を調査する。両調査ともに職種、役職段階、年齢、学歴、勤務地域といった給与決定要素別に細かく給与を調査しており、官民給与の精密な比較を行うための基礎的統計となっている。

[編集] 公務・民間給与の比較方法

官民給与の比較は、民間、公務員の両実態調査を基に行われる。単純に平均値を比較するのではなく、仕事の種類、責任の度合い、年齢、学歴、勤務地域といった主な給与決定条件を同じくするグループごとに比較し、国家公務員の人員構成を基準としてラスパイレス算式で全体の官民較差を算出する[10]

税務、公安職等は民間に比較すべき職種がないため、比較から外されている。特別給も比較方法は一般給与と同じだが、単位に年間支給割合を用いる。

[編集] 勧告から給与改定に至るまで

給与勧告の内容は人事院会議で最終決定し、官民給与や生計費に関する調査結果が記載された「報告」(国公法第28条第2項)とセットで国会と内閣に対して同時に行われる。例年、人事院総裁が内閣総理大臣に勧告書を手渡す様子が公開されている。

職員の給与は金銭、有価物を問わずすべて法律に基づき支給されなければならない(国公法第63条第1項、給与法定主義)。よって給与勧告の実施には法律の改廃制定が必要となるが、人事院には法案提出権はないので、政府立法か議員立法を通じて実施する。制度発足から現在にいたるまで、勧告を受けた内閣が法案を国会に提出し、可決・成立させるというプロセスをたどっている。人事院勧告は相手方(給与勧告の場合、内閣と国会)を法的に拘束するものではないので、勧告通りに法案が策定、又は可決・成立するとは限らない。

給与勧告を受けた内閣は、その取扱方針を給与関係閣僚会議を経て閣議決定する。この取扱方針を基に、総務省人事・恩給局(旧総務庁人事局)が給与関連法(給与法、寒冷地手当法など)の改正案を策定。次にこの改正案を閣議決定し、内閣提出法案として国会に提出する。最後に国会で法案が可決・成立し、改正法に定められた実施時期が訪れて給与改定は実施をみる。なお、改定時期は給与の改定項目(俸給表、各手当など)によってことなる。

政府・国会側が勧告通りに給与改定を実施しない時に用いられる手法には、減額(「値切り」)で改定内容そのものを勧告から改変する方法と、内容は勧告通りだが、実施を遅延もしくは見送る(「凍結」)方法がみられた。どちらも職員給与を抑制するもので、前者の方法は主に1950年代と1982年~1984年にかけて、後者は1960年代に使われた。近年は引き下げ勧告となった年もあり、一部の改定事項を除いて完全実施が続いている(詳しくは#沿革を参照)。

このような給与勧告の不完全実施の理由として政府は財政上の理由を挙げてきたが、人事院や組合側は人事院勧告は労働基本権制約の代償であるから完全実施するべきとしてきた。


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[編集] 日本の賃金決定機構における機能

給与勧告は国家公務員の一般職非現業職員の給与を対象とするが、公務員の給与法制上、公共部門全体の給与水準がこれに連動し、また一部の民間給与にも逆作用するため、日本の賃金決定機構において重要な機能を持っている[4][11]。高度経済成長期にあっては、春闘相場の設定自体に大きな影響を及ぼすこともあった。[12][13]。このため、マルクス経済学の立場から、人事院の給与勧告を「国家独占資本主義の段階における賃金決定過程への国家の直接的介入」「政府のイニシアティブによる賃金水準の統制」と規定する研究者もいる(神代1973、p.105)。また、大局的には、消費経済の動向に影響を与えることになる。

公務部門

人事院の給与勧告は公務員全体の給与水準に対する強い影響力を持っている。 人事院の給与勧告が直接対象とする国家公務員は給与法、任期付職員法、任期付研究員法の適用職員(2009年1月15日現在、292405人[14])である。また他の公務員給与法により大臣、裁判官、裁判所職員、国会職員、防衛省職員(自衛官含む)等特別職の職員(約30万人)及び検察官(約3千人)が勧告に準じて措置される[15]

国有林野事業の職員(約5千人)と特定独立行政法人職員(約5万8千人)の給与は労使の団体交渉(または中労委の仲裁裁定)によって決定されるが、その際給与法適用職員の給与を考慮することが定められており、勧告の強い影響下にある[16]

地方公務員にも勧告は大きな影響を及ぼす。地方公務員一般職の職員の給与は、首長が提出した給与条例の改正案を議会が可決・成立させることで改定され、都道府県や政令指定都市等においては、人事委員会が事前に首長に行う独自の給与勧告が給与改定を主導している。この人事委員会の勧告と、給与条例の改正案は、人事院の給与勧告にならうことが多い。ただし、その程度には差が見られる(早川1979、p.259)。

公務員以外の公共部門

特定独立行政法人以外の独立行政法人(非公務員型、職員数約7万5千人)並びに国立大学法人(約12万9千人)の職員の給与は労使の団体交渉を通じて決定されるが、「社会一般の情勢に適合」させることが定められている(独立行政法人通則法第63条第3項)。また、独立行政法人、国立大学法人、特殊法人及び認可法人等の給与水準は、毎年公表と総務大臣への届出をすることが義務付けられており、人事院はそれにあたって、これらの法人(2008年度は208法人)と国家公務員との給与の比較指標を作成し、各法人と総務省に提供している[17]。このような制度と取り組みにより、非公務員である政府関係機関の職員の給与も直接または間接的に勧告の影響を受けている[18][19][20]

これらの機関のほかにも勧告の直接的、間接的影響が指摘されている機関には、公共組合、国及び地方公共団体系の公益法人、地方独立行政法人、地方の特殊法人(地方住宅供給公社、土地開発公社など)なども挙げられており、その範囲は公共部門全般にわたっている(早川1979年、p.264)[21]

民間部門

給与勧告は民間給与を基に決められるが、これが直接または国、地方公共団体及び政府関係機関の職員の給与を媒介して民間給与にも一定度逆作用する。具体例としては、私立学校、私立病院、農業協同組合、(春闘に参加できない)中小企業等が挙げられている(早川1979)[22]。中小企業の多くは給与勧告後の夏から秋にかけて賃金改定を行い、その中の一定数が勧告を基準としているとされる。

なお、給与勧告の根拠となる「職種別民間給与実態調査」は職種、役職、年齢等の給与決定要素別に集計されているという特色から、民間企業が賃金決定の資料として活用している[23]。労務行政研究所が企業の賃金決定のための資料として発行している『規模別・地区別・年齢等でみた職種別民間賃金の実態』には、同調査が収録されている。

[編集] 労働基本権制約の代償措置性

日本の国家公務員は争議行為が全面一律に禁止され、加えて非現業職員は団体協約締結権が認められていないなど、労働基本権が大きく制限されている。したがって、勤務条件を私企業のように労使交渉を通して決定することができず、人事行政の改善、特に勤務条件を社会一般の情勢に適応させる機能は人事院勧告が担っている。

公務員の労働基本権制約・剥奪は1948年7月31日の「昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合國最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令」(昭和23年政令第201号)に端を発している。この政令に基づく国公法一次改正の際、同時に人事院勧告制度が導入された。

このような状況と経緯から、人事院や最高裁の判例(全農林警職法事件など)は、人事院勧告を労働基本権制約の主な代償措置と位置づける見解を採用している、これは「人勧代償措置論」とも呼ばれ、公務員の労働基本権制約の正当化や、給与勧告の完全実施要求の根拠として援用されることもある。

一方で人事院勧告の代償措置性を否定する議論もある。地方自治問題研究機構の行方久生は、歴史的にみて人事院・人事院勧告は労働基本権制約の代償として導入された制度ではなく、原理的にも労働基本権を離れた人事行政一般の範疇に収まるものであり、両者に代償関係は認められないとしている(行方2004)。


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[編集] 年表

  • 1947年10月16日 - 国家公務員法可決成立。21日公布、翌年7月1日全面施行。
11月1日 - 臨時人事委員会
  • 1948年7月 - 第1回職種別民間給与実態調査。391事業所、25職種、調査実人員427人。
7月31日 - 政令201号公布、即日施行。
11月9日 - 臨時人事委員会が内閣総理大臣(当時、吉田茂)に「政府職員の新給与実施に関する法律」(給与法の前身)の改正案を「提出」。6307円ベース。国家公務員法第67条(「給与準則の改訂」)の趣旨による。
11月30日 - 国公法第1次改正可決成立。12月3日公布。国家公務員の争議権、団体協約締結権を剥奪。臨時人事委員会を人事院に改組。「情勢適応の原則」に基づく給与勧告制度(第28条第2項)が導入される。
  • 1950年 - 「一般職の職員の給与に関する法律」(給与法)公布。
  • 1953年3月 - 1953年職種別民間給与実態調査。4741事業所、76職種、調査実人員96528人。人事院と都道府県及び5大市の人事委員会が、民間給与調査を民調に一本化し、合同で実施。調査規模の飛躍的な拡大をえる。
  • 1959年 - 公民給与の比較方式を格付号俸方式(ベース比較)からラスパイレス方式に変更。
  • 1960年4月 - 1960年職種別民間給与実態調査。調査時期を3月から4月に変更。
8月8日 - 月例給の12.4%引き上げ給与勧告。
  • 1964年4月 - 太田・池田会談(内閣総理大臣と総評議長の会談)により公労協「4.17ゼネスト」回避。公労委裁定の基準を企業規模50人以上から、企業規模100人以上民間給与とすることを確認。
  • 1965年4月 - 1965年職種別民間給与実態調査。調査対象事業所の規模を事業所規模50人以上から、企業規模100人以上かつ事業所規模50人以上に引き上げ。
  • 1970年8月14日 - 月例給の12.67%の引き上げ給与勧告。佐藤栄作内閣、初の完全実施を決定。
  • 1973年4月25日 - 全農林警職法事件最高裁判決。
  • 1982年8月6日 - 月例給の4.58%引き上げ給与勧告。鈴木善幸内閣、財政難を理由に実施見送り。
  • 2002年8月8日 - 月例給の2.03%引き下げ給与勧告。初のマイナス改定。
  • 2006年4月 - 2006年職種別民間給与実態調査。調査対象事業所の規模を企業規模100人以上かつ事業所規模50人以上から企業規模50人以上かつ事業所規模50人以上に引き下げ。
  • 2009年5月1日 - 夏季の特別給0.2ヶ月分を凍結するよう臨時の給与勧告。既に前年度の改定で決まった特別給の夏季支給分を臨時で引き下げる勧告は初。人事院は民間企業における夏季一時金の急激な削減を理由として説明。
  • 2011年10月25日 - 政府は給与関係閣僚会議で、今年度の人事院勧告(国家公務員給与を平均0.23%引き下げる)の実施を見送り、2013年度末までに平均7.8%引き下げる特例法案の成立を優先させる方向で一致した。詳細を詰め、28日にも閣議で決定する。

[編集] 過去の給与勧告一覧

 過去の給与勧告一覧は以下の通り[24]


給与勧告 国会決定
日付 月例給改定率 実施時期
(月例給)
特別給
支給月数
月例給改定率 実施時期
(月例給)
特別給
支給月数
1948 12月10日 6,307円 明記せず - 勧告どおり 1948年12月1日 -
1949 12月4日 7,877円 明記せず - 実施見送り - -
1950 8月9日 8,058円 明記せず - 7,981円 1951年1月1日 -
1951 8月20日 11,263円 8月1日 1.0 10,062円 1951年10月1日 0.8
1952 8月1日 13,515円 5月1日 1.5 12,820円 1952年11月1日 1.5
1953 7月18日 15,480円 可及的速やかに 2.0 15,483円 1954年1月1日 2.0
1955 7月19日 - - 2.25 - - 2.25
1956 7月16日 (5.8%) 可及的速やかに 2.40 勧告どおり 1957年4月1日 2.40
1957 7月16日 - - 2.55 - - 勧告どおり
1958 7月16日 (1.84%) 可及的速やかに 2.80 勧告どおり 1957年4月1日
1959 7月16日 (3.32%) 2.90 1960年4月1日
1960 8月8日 12.4% 5月1日 3.00 10月1日
1961 8月8日 7.3% 5月1日 3.40 10月1日
1962 8月10日 9.3% 5月1日 3.70 10月1日
1963 7月5日 7.5% 5月1日 3.90 10月1日
1964 8月12日 8.5% 5月1日 4.20 9月1日
1965 8月13日 7.2% 5月1日 4.30 9月1日
1966 8月12日 6.9% 5月1日 - 9月1日
1967 8月15日 7.9% 5月1日 4.40 8月1日
1968 8月16日 8.0% 5月1日 - 7月1日
1969 8月15日 10.2% 5月1日 4.50 6月1日
1970 8月14日 12.67% 5月1日 4.70 勧告どおり
1971 8月13日 11.74% 5月1日 4.80
1972 8月15日 10.68% 4月1日 -
1973 8月9日 15.39% 4月1日 -
1974 3月18日
1974 3月26日
1974 4月4日
1974 5月30日
1974 7月26日 29.64% 4月1日 5.2 勧告どおり 勧告どおり 勧告どおり
1975 3月17日
1975 8月13日 10.85% 4月1日 - 勧告どおり 勧告どおり 勧告どおり
1976 3月11日
1976 3月11日
1976 8月10日 6.94% 4月1日 5.0 勧告どおり 勧告どおり 勧告どおり
1977 8月9日 6.92% 4月1日 -
1978 8月11日 3.84% 4月1日 4.9
1979 8月10日 3.70% 4月1日 -
1980 8月8日 4.61% 4月1日 -
1981 8月7日 5,23% 4月1日 - 〃(一部修正) [25]
1982 8月6日 4.85% 4月1日 - 実施せず - -
1983 8月5日 6.47% 4月1日 - 2.03% 勧告どおり 勧告どおり
1984 8月10日 6.44% 4月1日 - 3.37%
1985 8月7日 5.74% 4月1日 - 勧告どおり
1986 8月12日 2.31% 4月1日 -
1987 8月6日 1.47% 4月1日 -
1988 8月4日 2.35% 4月1日 -
1989 8月4日 3.11% 4月1日 5.1
1990 8月7日 3.67% 4月1日 5.35
1991 8月7日 3.71% 4月1日 5.45
1992 8月7日 2.87% 4月1日 -
1993 8月3日 1.92% 4月1日 5.30
1994 8月2日 1.18% 4月1日 5.20
1995 8月1日 0.90% 4月1日 -
1996 8月1日 0.95% 4月1日 -
1997 8月4日 1.02% 4月1日 5.25
1998 8月12日 0.76% 4月1日 -
1999 8月11日 0.28% 4月1日 4.95
2000 8月15日 0.12% 4月1日 4.75
2001 8月8日 0.08% 4月1日 4.70
2002 8月8日 △2.03% [26] 4.65
2003 8月8日 △1.07% [26] 4.40
2004 8月6日 - - - - -
2005 8月15日 △0.36% [26] 4.45
2006 8月8日 - - - - - -
2007 8月8日 0.35% 4月1日 4.50
2008 8月11日 - - - - - -
2009 5月1日 - - (4.30) - - 勧告どおり
2009 8月11日 △0.22 [26] 4.15 勧告どおり 勧告どおり
2010 8月10日 △0.19 [26] 3.95
2011 9月30日[27] △0.23 [26] -
  1. ^ 「ことに国家公務員に労働基本権を与えない代償措置として人事院に与えられた給与その他の労働条件に関する勧告権は人事院の存立の基盤であり、またそのアイデンティティをなすような基本的役割である」(村松岐夫 『日本の行政-活動型官僚制の変貌』 中央公論社、1994年4月、p.42)
  2. ^ a b c 栗田久喜・柳克樹〔編〕 『注解法律学全集.
    5-国家公務員法・地方公務員法』 青林書院、1997年5月
  3. ^ 竹之内一幸・橋本基弘 『三訂版;国家公務員法の解説』 一橋出版、2006年8月1日
  4. ^ a b 「このように人事院の給与改定の勧告が重大視され、人事院もまたこれを行うについて重大な決意を必要とするのは、給与水準の引き上げ、すなわち「ベース・アップ」の勧告の場合である。人事院がひとたびこの「ベース・アップ」の勧告をすると、政府としては、この勧告を実施するには、人事院所管の一般職の職員のみならず、特別職の職員、現業職員、公社、公団その他政府機関の職員から、地方公務員に到るまで、同じ基準の給与改定をしなければおさまらないから、たちまち数百億、時には一千億を越す経費が必要となる」(浅井1970、p.259)
  5. ^ 昭和三十九年八月十四日総理府令第三十三号「寒冷地手当支給規則」のことを指す。
  6. ^ 人事院は第3条第2項により、2008年度に大規模災害時において、寒冷地手当を俸給と同様に月2回払いを可能とするよう総務大臣に勧告した。この勧告は、『公務員白書-平成21年版』の第3部第3章第2節の「給与法等の実施」に記載されており、同部同章第1節の「給与に関する報告と勧告」からは除外されている(p.117)
  7. ^ 「法文の上では"俸給表"を定めるについての基準とされているが、その精神は給与全般にわたると考えてよいであろう」(佐藤2009、p.44)
  8. ^ 『公務員白書-平成22年版』、p.57
  9. ^ 人事院 「民間給与の実態-平成21年職種別民間給与実態調査の結果」
  10. ^ 人事院 「給与勧告の仕組みと本年の勧告のポイント」 2009年8月、p.5
  11. ^ 「これまで人事院の改組案(または廃止論)は、二つの全く相容れない立場から主張されてきた。その一つは政府、与党の方面から起こったもので、二つの点に要約される。……第二には……、人事院がほとんど毎年行う給与改訂の勧告が、労働攻勢の大義名分となり、それが民間賃金にまで影響し、政府、財界を苦しめるということである。次にこれと全く反対に、野党や職員団体の方面からも同じような主張がなされている。これも二つの点に要約される。……第二には、上述の給与改訂の勧告は、公務員の要求を満足させないばかりか、かえって政府の低賃金政策を推進する目標となるということである」(浅井1970、p.16)
  12. ^ 1955年~1965年の「春闘相場の設定者(トップ・バッター)は私鉄総連、公労協、鉄鋼労連を中心としながら、第4-1表のように推移してきた。……公労協がトップ・バッターになった2回の場合(1957年、1961年)も、本当はその前年の人事院勧告が大きくひびいている……」(神代1973、pp.90-91)
  13. ^ 「六〇年の人事院の大幅賃金引き上げ勧告が六一年の公労委・中労委の調停・仲裁に影響を与え、民間の賃上げに大きな影響を与えたことが注目される。日経連(当時)は、六一年四月の総会において(当年度の春闘相場を)「経営者の屈服賃金」であるとし、その遠因を公務員給与の十二・四%の人事院勧告にあるとして批判した」(行方2004、p.249)
  14. ^ 『公務員白書-平成22年版』p.236
  15. ^ 大臣、副大臣、大臣政務官、人事官、検査官、内閣法制局長官等は特別職給与法、裁判官は裁判官の報酬等に関する法律、裁判所職員は裁判所職員臨時措置法、国会職員は国会職員法、防衛省職員は防衛省の職員の給与等に関する法律に拠る。
  16. ^ 給与特例法第3条第2項。独立行政法人通則法第57条第3項
  17. ^ 『公務員白書-平成21年版』p.118
  18. ^ 人事院は給与勧告制度に対する評価の一つとして「人件費が民間との均衡のとれた適正な水準に落ち着いているとともに、他の関係機関の給与の相場づくりに寄与している」という見解を紹介している(『公務員白書-平成21年版』p.52)。
  19. ^ 全国大学高専教職員組合(全大教)は国立大学が法人化されて5年以上経過した2009年10月、賃金改定について、人事院勧告を前提とせずに労使交渉で決めるよう、国立大学協会に要望している(全大教「人事院勧告に基づく賃金引き下げ問題に関する要望」2009年10月16日)。
  20. ^ 政府関係機関職員も加えると、1964年末には「少なくとも410万人が、人事院勧告と公労委仲裁裁定の強い影響下におかれていたことになる」(神代1973、p.109)
  21. ^ 労働運動総合研究所(全労連系)は給与勧告の影響が及ぶ公共部門の労働者の数を625.8万人と推定している(「公務員人件費を「2割削減」した場合の経済へのマイナス影響と、その特徴について」『労働総研クォータリー』No.83 労働運動総合研究所、2011年7月1日)(共同通信が2011年5月19日付けで報道・配信)。
  22. ^ 全国労働組合総連合 『国民春闘白書〈2010年〉』 学習の友社、2009年11月
  23. ^ 調査方法、調査内容についても年々検討を加え、現在では、特色ある給与調査の一つとして、 民間企業等における給与決定の基礎資料としても広く活用されている」(人事院「I 調査の説明」『民間給与の実態 - 平成19年職種別民間給与実態調査の結果』2007年
  24. ^ 神代1973、早川1979、人事院 「長期統計等資料」『平成22年度 年次報告書』(『公務員白書-平成23年度版』、p.211)による。
  25. ^ 期末・勤勉手当は旧ベース算定
  26. ^ a b c d e f 勧告を実施するための法律の公布日の属する月の翌月の初日(公布日が月の初日であるときは、その日)。4月から実施日の前日までの期間に係る較差相当分を解消するため、12月期の期末手当で減額調整。
  27. ^ 東日本大震災により民間給与実態調査の実施が遅れたため

[編集] 主要参考文献

  • 浅井清 『新版-国家公務員法』 学陽書房、1970年1月10日
  • 神代和欣 『日本の賃金決定機構』 日本評論社、1973年3月
  • 佐藤達夫 『国家公務員法-第8次改定版』 学陽書房、2009年6月
  • 人事院 『公務員白書-平成21年版』 日経印刷、2009年6月
  • 人事院 『公務員白書-平成22年版』 日経印刷、2010年6月
  • 人事院 「給与勧告の仕組みと本年の勧告のポイント」 2009年8月
  • 行方久生 「補論-労働基本権回復運動の歴史と理論-人勧制度との関連を中心にして」西谷敏、春山一穂、行方久生編著『公務の民間化と公務労働』 大月書店〈自治と分権ライブラリー〉、2004年8月
  • 早川征一郎、松井朗 『公務員の賃金-その制度と賃金水準の問題点』 労働旬報社、1979年9月

[編集] 関連項目

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